色彩史 7

それぞれの色が秘めているすべての物語を知るには、色名はあまりにも細い手がかりにすぎません。


色名はあくまで色の名前でしかないのです。


人間が発明し創作したさまざまな色名を見ていると、色のさまざまな側面を見ようとしても、結果としてはすべての色の詳細なことはわかりません。


どれだけ言葉を連ねても、和洋古今の色名を見ても、色名はあくまで色名であって、結局色は色のままである事実に変わりはありません。


人間はどのような過程を経て色の認識を深め、その体験をどのように色名をいう抽象名詞におきかえてきたか考える手がかりとして、バーリンとケイによる各種言語の『基本色彩語』に関する調査研究(1969年)というものがあります。


この研究以前にも、語源学的、民俗学的な色名研究や、心理言語学の分野の実験的な色名の研究などが知られていました。


そこには多種多様な異文化、異言語間の色名の比較研究はあまりなく、ほとんど同じ社会に属する人々の指揮名の問題が扱われていただけでした。

色彩史 6

バラはやはりバラで、あくまでバラであり、しかもバラであり、結局バラなのだ。


――ガートルード・スタイン


アメリカの知識人たちが好んで引用する女流作家ガートルード・スタインの右の名文句は、どんな名で呼ばれようと、バラはバラであることに変りはないといっているのです。


彼女は、アメリカ人としては、おそらくピカソの天才を発見した最初の人物のひとりであり、そして、まだ無名の貧乏画家だったピカソを支援した初期のコレクターのひとりでもあったということで、彼女のこの言葉は、それなりの説得力をもっています。


ピカソも、いかにも青年期の彼らしい力強い表現で、当時のガートルード・スタインの肖像を描いています。


ある人がこの作品を見て、あまりモデルに似ていないといったら、彼は


「そのうちに彼女のほうが似てくるさ」


・・・と答えたというエピソードが伝えられています。


その作品はいま、ニューヨークのメトロポリタン美術館にあります。


どんな名前で呼ばれようと、色は結局色です。


赤はあくまで赤であり、青はやはり青なのです。

色彩史 4

20世紀になると、どこの工業国でも、色の呼び方や色の記録方法に苦労するようになった事情は同じでした。


そのためにカラーシステムが実用化され、一方ではすべての色を、修飾語と基本色名で表す系統色名法が考え出されました。


しかし、英語やフランス語の色の修飾語がきちんと定められているのに比べると、日本語の色に関する修飾語は、目下のところある種の選択を迫られているといえるでしょう。


日本特有の色彩文化を重視すれば、淡、薄、浅、深、濃、若、老、鈍、鼠などの伝統的な修飾語の生かし方も考えなくてはなりませんし、もっと単純で規則的な修飾法・・・


たとえば、明るい、暗いなどの反対語に、やや、かなり、非常に、などの程度を表す修飾語をつけて、やや明るい赤、かなり暗い青などという呼び方にすることも考えられます。


それとも、そっくり英語にしてしまうということもひとつの選択であり、事実、英語の系統色名法はすでに日本色彩研究所でも活用されています。

色彩史 4

20世紀になると、どこの工業国でも、色の呼び方や色の記録方法に苦労するようになった事情は同じでした。


そのためにカラーシステムが実用化され、一方ではすべての色を、修飾語と基本色名で表す系統色名法が考え出されました。


しかし、英語やフランス語の色の修飾語がきちんと定められているのに比べると、日本語の色に関する修飾語は、目下のところある種の選択を迫られているといえるでしょう。


日本特有の色彩文化を重視すれば、淡、薄、浅、深、濃、若、老、鈍、鼠などの伝統的な修飾語の生かし方も考えなくてはなりませんし、もっと単純で規則的な修飾法・・・


たとえば、明るい、暗いなどの反対語に、やや、かなり、非常に、などの程度を表す修飾語をつけて、やや明るい赤、かなり暗い青などという呼び方にすることも考えられます。


それとも、そっくり英語にしてしまうということもひとつの選択であり、事実、英語の系統色名法はすでに日本色彩研究所でも活用されています。

色彩史 3

メルツとポールの色彩辞典には、3000語を超える色名が収録されていて、それぞれの色名について初出文献の年代が紹介されています。


その中、万葉集の時代に相当する8世紀頃にすでに使われていた色名は、さんざしの「ホゥ」と「グラスグリーン」を除けば、レッド、イエロー、グリーン、グレーなどの基本色名だけで、全体のわずか0.2%を占めるにすぎません。


平安朝の頃の10世紀から11世紀頃に出現した色名も0.5%程度です。


チョーサーが『カンタベリー物語』を書いた14世紀になって、やっと全色名の2.4%の色名が文献に登場するようになり、16世紀から17世紀にかけて、飛躍的に色名の数が増加しています。


この時代に13.2%の色名が創作されています。


つまりシェイクスピアの活躍期の前後です。


そして、この色彩辞典の81.4%の色名は、18世紀以後にはじめて定着するにいたった色名なのです。


このような色名の発生と発達について、日本と英語圏の国ではまったく別の過程を辿っています。


それはおそらく、彼我の色彩文化の本質となんらかの関わりがあるに違いないでしょう。

色彩史 2

それと対置されるのは、主に戦後になって使われはじめた英語をはじめとする外来色名であり、誰にもわかりやすい日常的な日本語の色名はいたって乏しいものです。


極端にいえば、昔のままに凍結された色名と、意味や使い方のあやふやな流動的な色名が、現在の日本社会で使われているはずの主要な色名なのです。


色名についての教養が、一部の色の専門家や、特殊な教養人の専有物になったのは当然でしょう。


これだけ豊富多彩な色彩が溢れている社会に住みながら、普通の人にとっては、それぞれが見た色を言葉で表現したり伝達したりすることが、たいへんな至難事になってしまったのです。


ところが、英語圏で使われている色名の事情はまったく違っているようです。


日本とは逆に、18世紀の産業革命以降、特に19世紀から20世紀にかけて作られた色名が大部分を占めています。

プラスチックごみへの対応

乾電池と同じように、他のごみと混合処理する限りは"有害物"ではあっても、異物と混じることなく一定量集められれば適正処理することができ、さらには再利用の可能性すら高まります。


もう1つの例を示せば、それはリサイクルトナーとプラスチックでしょう。


プラスチックを例にとりますと、この条件さえ適えられれば、プラスチックを元の石油にかえすことさえできます。


げんに大型市場では場内で発生する大量の発泡スチロールの箱だけを集めてペレット(小さな塊)に加工し、のちに溶かして再利用するための原料にしている事例もいくつかあるのです。


逆に、微生物に食べさせるとか、陽光に当てて溶解させる技術が開発されても、異物と混じっている状態ではうまく働かないのが、これまでの通例でした。


一方、異物と混合したままでプラごみに対処するとなれば、焼却にまわして熱利用につとめるか、あるいは破砕などの前処理をして減容したうえで埋め立てるしかないのが、実情です。


大都市の現状もこれに属し、東京や名古屋のように分別ごみに廃プラを入れているところも、廃プラを他の分別ごみと分けて処理するまでには至っていません。

色彩史

それは壮麗だと流行遅れに見え、アナーキイだと非社会的になり、時代や人とのかかわりで特殊だと、たとえそれがどんな流儀であろうと孤立する。


―――ロラン・バルト『零度のエクリチュール』

1978年に、財団法人日本色彩研究所が、前身である日本標準色協会の創設以来、満半世紀の歴史をもちこたえたことを記念して、その記念事業の一環として、いくつかの記念出版物を刊行しました。


そのなかに、全色彩を系統別に100のブロックに分類して、それぞれの分類について、代表的な色名や、嗜好傾向、使用状況、イメージ特性、配色法などをまとめた『カラーレンジマニュアル100』という資料があります。


しかし、これらの色名構成にはいささか奇妙な印象があります。


たとえば、日本の伝統色名といわれるものは、ほとんどが万葉集の時代や、平安朝以来の古く由緒ある色名ばかりです。

光の窮極、光の起源 3

光も色もイメージも黒に窮まり、黒にはじまるとすれば・・・。


黒はいわば色のすべてにけじめをつける根本の色だといえるでしょう。


一切のけじめがつかなくなれば、それこそ真の暗黒時代が到来するでしょう。


黒が黒く見えるほど、実は光や色があたりに満ちているように、黒い不正や黒い犯罪が問われているかぎり、それだけ健全な精神が作動している社会なのかもしれません。


人間の社会に最初に誕生した色名は白と黒であったとされています。


しかし、黒という色名は、その色の範囲が真っ黒な極限の色だけに縮少された現在でも、依然としてすべての色の概念の半分に匹敵する内容を表わす言葉なのです。


光の窮極、光の起源 2

黒は、昔からどの民族でも、他の色の意味に対して否定的な象徴になっていました。


現代人も昔ながらに黒から死や夜を連想し、黒を葬式や神秘や悲しみの象徴に使います。


毒物や殺人、犯罪などを黒から連想するのは、おそらくすっかり複雑化した近代社会に住む人たち特有の反応であって、石器時代以来の生活を守り続けてきたような単純な社会に住む少数民族では、黒からこんな厄介な連想をすることはないでしょう。


犯罪、毒物、殺人などに関する不可解な事件をテーマとする推理小説では、特に黒を題名とすることが多いですし、現在の日本人には、社会的不正や犯罪というと、反射的に黒を連想する不幸な習性が身につきつつある。


白と反対に、黒には良いイメージの方が少ないのですが、高級感とかシックなどは、その例外的な良い連想語です。


黒という色が、黒以外の存在によって、相対的に黒く見えるように、黒の価値も、黒のイメージも、他の価値やイメージとの対立が認められることによって、相対的にきまります。